二百年の記憶、十数年の静寂
私たちが向き合うのは、厳しくも美しい北の大地で、200年もの歳月をひたむきに生き抜いてきた「シナノキ」の巨木たちです。伐採された原木は、アトリエの片隅で十数年以上の年月をかけて、ゆっくりと、静かに眠りにつきます。
四季の移ろいとともに風を通し、木の呼吸を落ち着かせるこの長い対話の時間。それこそが、強固な大木を、歪みのない、手になじむ芸術へと昇華させるための、なくてはならない儀式なのです。
カバンの形をした、ひとつの彫刻作品
樹の鞄に、あらかじめ用意された図面や型はありません。 作家が原木にノミを入れた瞬間、奥から顔を出す木肌の佇まいや、光り輝く杢目(もくめ)の揺らぎにそっと耳を澄ませます。木の意志を拒まず、木がみずから「そうなりたい」と願う有機的な曲線を、手探りの刃先で慈しむように削り出していく。 そうして生まれるのは、機械では決して描けない、美しい三次元のフォルム。単なる道具としての鞄ではなく、世界に二つと存在しない「カバンの形をした彫刻作品」なのです。それと同時に、「身につけられる芸術」ウェアラブル・アートでもあります。
シナノキが放つ、目に見えない温もり
樹の鞄をはじめて手にしたとき、多くの方が「驚くほど優しく、温かい」と目を細めます。 それは、緻密で頑丈な繊維を持ちながらも、どこか人肌のような柔らかさを内包する、シナノキならではの生命の気配です。木は、共に過ごす時間や光、あなたの手のぬくもりを吸い込んで、さらに深く、艶やかな飴色へと変化を続けます。あなたの日々に染まり、あなただけの美しさへと育っていく――。二百年の自然の記憶を、これからのあなたの日々に携える。 その静かで贅沢なロマンの始まりを、どうぞお愉しみください。
樹の鞄の本体には、シナノキ (Japanese linden、学名:Tilia Japonica) という日本固有種の樹木が用いられています。シナノキは白く美しい木目が特徴的で、柔らかく加工しやすいため古くから建築材や工芸品などに利用されてきました。同じアオイ科シナノキ属のセイヨウシナノキ(Tilia×europaea)はリンデンバウムとも呼ばれ、楽器やハーブ、蜂蜜の原料としても利用されています。
樹の鞄の制作においては、北海道の原生林で育ち、樹齢200年を超えたシナノキを原木の状態で買い付け、最も美しい木目が出るように製材したものを利用しています。
製材されたシナノキの板は、八ヶ岳アトリエ内にある倉庫で10年ほどじっくりと時間をかけて落ち着かせ、鞄に適した材になるまでゆっくりと乾燥されます。
ひとつの材から生まれる鞄の個数は決まっていません。無駄が生まれないよう、それぞれの木目や節の特性を考慮して慎重に「木取り」を行います。
自然が生み出した形状からインスピレーションを得て、徹底的に無駄を出さず隅々まで使い切る「その木に合わせたデザイン」がユニークな鞄を生み出しています。
塗りは様々な技法が用いられます。その中には日本の伝統的な塗料である漆を使ったものも含まれており、生漆(きうるし)・黒漆(くろうるし)などを用いた拭き漆仕上げによって木目を生かして何重ものコーティングを施しています。
漆のほかにも、染料で染めたあとウレタン樹脂塗料によるコーティング仕上げをすることもあります。どちらの場合でも、日常生活での利用において十分な耐水性を備えますので、雨の日もご心配なくお出かけいただけます。
バリエーション豊かなデザインやカラーがあり、グラデーションやツートン、ドット柄等のデザインもございます。漆の種類や染料の組み合わせ、季節ごとの温度や湿度の違い、作り手のインスピレーションによって一点ごとにまったく異なる表情を持っています。
鞄としての強度と持ち運べる軽さの両方を追求し、ある程度の厚さを保って立体的に仕上げています。外側だけでなく、内部も細かく彫って仕上げています。
デザインによっては、その立体の表面にさらに彫刻を加えて、独特の風合いを表現しています。本体に合わせて、まったく手を加えていないデザインのものもあります。完成品の状態では、おおよそ300gから600gの重さになります。
底面には、滑り止めと軽量化のための模様彫刻が入り、見たときの驚きもお楽しみいただけます。
樹の鞄の留め具は、ダイヤルのように左右にひねると上下に開くという構造をしています。開閉が簡単でゆるみや外れの生じない使いやすさと、デザイン性の両方を兼ね備えています。
留め具の素材は、キンモクセイやコクタンなどの堅木の枝を中心に、その時々で入手できる材を使用しています。1990年の創業時から数えると30種類以上の多様な素材を使って色々なデザインにチャレンジしており、いくつもの試行錯誤の末に完成したものです。
ガラスビーズや螺鈿、縮み漆の細工や彫刻を施したものもあります。
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