亀井勇樹について

作家:亀井 勇樹 (Yuuki Kamei)KINOKABAN デザイナー・制作者

 

八ヶ岳の深い森の奥。 木屑の甘い香りがそっと満ちるアトリエで、彼は日々、樹齢200年を超える原木と静かに言葉を交わしています。

 

伐採されてから十数年、気の遠くなるような歳月をかけて眠り、乾かされた木材。その前に佇み、ゆっくりと木と対峙することから亀井勇樹の制作は始まります。

 

ここにあるデザインに、決まった型はありません。 ただノミを入れ、現れる美しい木肌や、光り輝く杢目(もくめ)の揺らぎにそっと耳を澄ます。すると、「この木がどんな風に生きてきたのか」が、陽だまりのように見えてくる瞬間があるのです。木が自ら「そうなりたい」と願う形を、手探りで慈しむように削り出していく。

 

「自然を超えるアートなど、どこにもない」亀井はそう語ります。 野に咲く花や草に秘められた整然たる幾何学、一瞬で移ろう空の色、きらめく水の影。そんな自然界の繊細でダイナミックな造形を前にすると、彼は今でも少年のように心を躍らせます。

 

記憶の底に積み重なった美のひとひらが、ある日突然、一筋のインスピレーションとなって作品へと姿を変えていく。 木の声、大自然の造形、そしてまだ見ぬ美しいものへの憧れという静かな情熱が、「鞄」という永遠のモチーフを借りて、この世に描き出されているのです。

 

【1本の線へと繋がった、美しき導き】

彼が人生で初めて「樹の鞄」を削り出したのは1990年のこと。 それは最愛の妻へ贈る、世界でたったひとつの贈り物でした。「誰も見たことのないもので、驚かせたい」独学で木を削り、無我夢中で形にしたあの日のひとつの鞄。それこそが、今へと繋がるすべての原点です。

 

のちに本格的に鞄作家としての道を歩み始め、数多の樹種と出会うなかで、鞄に最も相応しいと運命的に辿り着いたのが「シナノキ」でした。 けれど驚くべきことに、彼がかつて何も知らずに、ただ妻の笑顔のために選び、削り出していたあの最初の原木こそが、他ならぬ「シナノキ」だったのです。さらに、シナノキが古くから持つ花言葉は「夫婦愛」。 これは単なる偶然でしょうか。それとも、二百年の命が仕掛けた、時空を超えた美しいユーモアでしょうか。

 

「私の仕事は、自然の芸術を邪魔しないこと。自分がつくっているのではない。つくらせてもらっているだけなのだから」

 

彼の作品が、手にした瞬間にどこか優しく、心の奥がときめくような温もりを放つのは、つくり手自身の人生の原点に、こんなにも確かな愛の物語があるからに他なりません。一年に生まれるのは、わずか三十点余り。 自然の奇跡を次の百年へと繋ぐために、彼は今日も八ヶ岳の森で、静かに木と呼吸を合わせています。

 

プロフィール 1963年生まれ。山梨県・八ヶ岳の豊かな森にて、妻と3匹の猫とともに暮らす。

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